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世界の果てのはてな

オタク主婦の漫画とアニメの話

辛い時は他人に救いを求めてもいいけど自分の意識改革も並行して行うのが望ましい

先日の「家政婦のミタ」さんにて、家族について書いた作文を発表する授業参観の中で、主役家族の次男坊が自殺したカーチャンについて読み上げるというエピソードがあった。作文の中身は(うろ覚えだが)、自殺したことにまでは触れず、「カーチャン死んじゃったけど大好きです」的な内容。読み終えた後は拍手も何も無くスルーされるような雰囲気でその場は終わったものの、よく見ると作文用紙の余白にミタさんによる花マルと「大変よく出来たと思います」が書かれており、次男はまだ授業中なのにもかかわらず、「ちきしょう!めっちゃ嬉しい!!」と思わず叫んでしまう、というものであった。
ここで「担任が無能だからミタさんの神対応が光る」という実況tweetをしていて数人から同意RTされたものの、まあ普通の人だったらちょっとびっくりしちゃって何もできないよね。むしろ傷口に塩刷り込むような余計なフォローしなくてよかったよね。とも思った。
ここで何もできない(うろたえているような演技だった)担任の先生を責めるのは筋違いである。こちらとしては主役家族に感情移入してる上にミタさんみたいな変人の奇行を見まくってるから、先生が何もできなかったことに対して疑問を抱いてしまったが、自分があの状況におかれても多分何もできなかったと思う。あるいはあの先生は「何もしない、という選択肢を選んだ」と解釈してもいい。
いずれにせよあのエピソードは「ミタさんGJ!」ということ以外に「自分たちに何が起こっていてもよその人は分からないしそこまで興味を持たない」ということを、「先生の普通さ」と共に描写していて、そういう点でも非常に面白いシーンだった。



話は変わるが、よしながふみ先生の「フラワー・オブ・ライフ」で、主役の春太郎が、転校後の自己紹介でいきなり自分が白血病患者だったと打ち明け、クラスメイト全員をおののかせるというシーンがある。
それに関して担任のシゲが説教するシーンから引用。

「あんたが自己紹介で自分が白血病だって言った時から あんたは人間関係においてそのヘビーな過去の分みんなより強者の立場に立ったのよ
あんたにそのつもりが無くてもそれはそうなったのよ
病気の事を正直に話すのが悪いって言ってんじゃないの
ただ自分の言った事で相手が多少気を遣うだろうな くらいの想像もできなかったとしたらあんたは馬鹿で子供で無神経だわ」

 
ここで、死んだカーチャンの作文を事情をよく知らないみんなの前で発表した次男のことを、馬鹿で子供で無神経だと非難したいわけではない。ただ、一般的に、何の心の準備も無しにヘビーなこと言われたらちょっとびっくりして何もできないよね、って話。
そして「自分たちに何が起こっていてもよその人は分からないしそこまで興味を持たない」のだから、「よその人」に助けを求めても助かる可能性は低い。インターネットに苦しみを吐露して助けてもらえる人とそうでない人がいる。
可能であれば、自分の意識改革から行うのが望ましい。

例えばこの、大槻ケンヂさんのインタビュー記事がすごく良かった。鬱々期を乗り越えて悟った感のある、よく言えばポジティブ、悪く言えば適当な発言の数々。
大槻ケンヂさんの至言「ネガティブを売りにすると自家中毒に陥るんです」(前編) - 日刊サイゾー
http://www.cyzo.com/2011/12/post_9248.html

「結局、鬱っていうのは、集中力のある人がなるんですよ。その集中力が自分の暗い部分に集中しちゃうと鬱になる。だから、その集中力を拡散させるんですよ」

ナイスTips。肝に銘じておきます。



「元気な子犬より瀕死の子犬の方が視聴率と涙が誘える」という例を出すまでもなく、ネガティブは衆目を集めやすい。でもそれで救われるかというと、それは分からない。
インターネットで承認欲求満たせるのは民衆の阿片という感じもする。

少しとりとめなくなっちゃいましたがまあ結論としては、ネガティブコンテンツで売ろうとしないけいおん!はすごいということで。